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東京高等裁判所 平成7年(行ケ)204号 判決

千葉県船橋市習志野台6丁目16番12号

原告

束村隆雄

東京都千代田区霞が関3丁目4番3号

被告

特許庁長官

荒井寿光

同指定代理人

佐藤久容

生越由美

田中弘満

廣田米男

主文

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実

第1  当事者の求めた裁判

1  原告

(1)  特許庁が平成6年審判第6500号事件について平成7年6月26日にした審決を取り消す。

(2)  訴訟費用は被告の負担とする。

2  被告

主文同旨

第2  請求の原因

1  特許庁における手続の経緯

原告は、名称を「金属製容器の口金部の口金フランジ」とする特許第1655466号発明(昭和56年7月20日出願、平成3年3月28日出願公告、平成4年4月13日設定登録、以下、この発明を「本件発明」といい、特許を「本件特許」という。)の特許権者である。

原告は、平成6年4月18日、特許庁に対し、本件特許の明細書の訂正(以下「本件訂正」という。)を内容とする訂正審判を請求し、同年審判第6500号事件として審理された結果、平成7年6月26日、「本件審判の請求は、成り立たない。」との審決がなされ、その謄本は、同年7月26日、原告に対し送達された。

2  本件訂正に係る明細書記載の特許請求の範囲第1項(以下、この特許請求の範囲に記載された発明を「訂正発明」という。)

金属製容器の金属板の表面に突出して形成された柱状形開口部と、該開口部に嵌合した口金フランジと、該開口部と該口金フランジとの間に連続な環状に充填された少なくとも一つのシーリング材とよりなる金属製容器の口金部において、該口金フランジの表面と該口金フランジの表面に対応した金属板の表面との両表面の一方の表面に形成された少なくとも一つの連続な環状の凸部と、他方の表面に形成された少なくとも一つの連続な環状の凹部とが対応し嵌合して形成された少なくとも一対の凹凸部を、該容器の内容物の進出径路において前記シーリング材の充填位置に対し該内容物側の位置に含むことを特徴とする金属製容器の口金部(別紙図面(1)参照)

3  審決の理由の要点

(1)  訂正発明の特許請求の範囲第1項(以下「本件特許請求の範囲」という。)は前項記載のとおりである。

(2)  他方、米国特許第1948488号明細書(以下「引用例」といい、同引用例に記載された発明を「引用発明」という。)は、本出願の前に頒布されたものであるが、それには、金属容器の口金部の構造について、次のような発明が記載されている(別紙図面(2)参照)。

ア 口金フランジGの円筒部Eが、金属板Aの円筒部a’に嵌着して固定され、金属板Aの環状凹部に、口金フランジの環状凸部が嵌着している。

金属板Aの円筒部a’は、口金フランジGの円筒部に対し、嵌合部からの漏れ、嵌合部の緩みを防止することができる程度にプレスされ、圧接している。

口金フランジの環状凸部は、金属板Aの環状凹部にプレスされ、嵌着している(口金フランジの環状凸部を雄型として、環状凹部をプレス成形するときに嵌着する。)。

イ そして、口金フランジの環状凸部は、金属板Aの環状凹部と互いに密接した状態で嵌着されているものと推測され、また、環状凹部と環状凸部とを微小間隙を介して嵌合させた機構が密封作用を奏することは常識であり(例えば、昭和50年特許出願公開第108440号公報)、更に、当該嵌合関係を密接嵌合とするときは、金属接触によるいっそう確実な密封作用を奏することも常識であるから、引用発明の口金フランジの環状凸部と、金属板Aの環状凹部との嵌着部が密封作用を奏することは、当業者が常識的に推測できたことである。

(3)  そこで、訂正発明と引用発明とを比較すると、両者は、次の点において相違し、その余の点において一致するものと認められる。

「引用発明は、口金部の環状凸部の上端面、環状凹部の底面が凹凸であるのに対し、訂正発明の環状凸部の上端面、環状凹部の底面は平坦面である点」

(4)  次いで、上記相違点について検討する。

ア 引用発明において、環状凸部の上端面と環状凹部の底面とを凹凸にしているのは、口金フランジの開口部に対する回り止めを確実にするためであることが、その記載から明らかである。

更に、引用発明は、プレスによって環状凹部を形成し、同時に、これを環状凸部に嵌着させるものであるから、仮に、その環状凸部の上端面と環状凹部の底面との凹凸の嵌着面が、平坦なものに比して幾分気密性に劣るとしても、そのことにより、引用発明における環状凸部と環状凹部との嵌合部のシール性が劣るとは断じられない。なぜならば、上記嵌合部においては、環状凸部と環状凹部の側面が互いに密着するからであり、このことは、プレスによって上記凹部が形成され、同時に上記凸部に嵌着されるものであることから明らかである。

仮に、上記シール性が幾分劣るとしても、その原因は上記のとおり予想し得ることであるから、特に口金フランジの上記開口部に対する回り止めを確実にするという上記作用を放棄するならば、その原因を直ちに解消できることは明らかなことである。

イ そうすると、上記相違点は、引用発明における、環状凸部の上端面と環状凹部の底面との凹凸による、口金部の回り止め機能の必要性の有無、より高いシール性の必要性の有無等を勘案することによって、当業者が必要に応じて適宜変更することができた事項である。

ウ なお、請求人(原告)は、本件特許請求の範囲における「開口部に嵌合した口金フランジ」の記載は、開口部に「圧入嵌合」した口金フランジを意味する旨主張し、このことを前提として、審判前になされた拒絶理由は、訂正発明の要旨の認定を誤ったものである旨を主張する。

しかしながら、この主張は、以下のとおり理由がない。

(ア) 本件訂正に係る明細書(以下「訂正明細書」という。)の「発明の詳細な説明」欄における従来技術の説明、訂正発明の実施例の説明においては、「開口部に圧入嵌合した口金フランジ」を意味する記載がみられるが、訂正発明の解決手段の項においては、単に、「開口部2に嵌合した口金フランジ4」と記載されているに止まり、口金フランジ4が、特に開口部2に圧入して嵌合されたものであることを意味する記載は見当たらない。

また、作用の項においても、口金フランジ4が、開口部2に特に圧入して嵌合されたことによる作用は記載されていない。

更に、訂正発明が解決しようとする課題は、口金フランジ4が開口部2に特に圧入して嵌合されたものであることを前提とする技術的な課題でもない。

加えて、訂正明細書の従来技術の説明、実施例の説明においては、嵌合部が「圧入して嵌合」したものであることを明らかにしながらも、訂正発明の解決手段の記載においても、また、本件特許請求の範囲の記載においても、特に「圧入嵌合」が必要要件であるとは記載していない。

そうすると、本件特許請求の範囲に、単に「開口部に嵌合した口金フランジ」とだけ記載されている事項を、実施例の説明において「圧入して嵌合」と記載されていることを根拠に、「開口部に圧入嵌合した口金フランジ」を意味するものと解することは相当でない。

(イ) 仮に、本件特許請求の範囲の記載における「開口部に嵌合した口金フランジ」が「開口部に圧入嵌合した口金フランジ」を意味するものとしても、引用発明における口金フランジGの円筒部と金属板Aの円筒部とは、互いに圧接する関係をもって嵌合した状態に組み付けられたものであることは前記のとおりであるから、訂正発明と引用発明との、「開口部に嵌合した口金フランジ」における、「開口部」と「口金フランジ」との嵌合関係については、構成上、特段の差異があるとはいえない。

(ウ) 更に、仮に、(イ)の点が構成上の差異であるとしても、「圧入嵌合」は、予め円筒部に設けた金属板に対し口金フランジを組み付ける場合における、金属板の円筒部と口金フランジとの嵌合関係として、従来周知のことである(昭和54年特許出願公告第35820号公報第1図参照)。そして、金属板にプレス成形することによって円筒部を形成する工程と、金属板の開口部に口金フランジを組み付ける工程とを、同時に行って構成した引用発明の口金部の構造を、上記周知例のもののように、金属板に予め必要な加工を施したものに口金フランジを組み付ける構造のものに変更することについて、訂正発明が格別な工夫を講じたものとは解されず、また、そのように解すべき特段の理由を訂正明細書の記載に見出だすこともできない。

したがって、この点は、上記周知事項を参酌することによって、当業者が適宜変更することができた事項である。

エ したがって、訂正発明は、引用発明に基づいて、当業者が本出願の前に容易に発明することができたものであるというほかはない。

(5)  以上のとおりであるから、訂正発明は、特許法29条2項の規定により、本出願の際、独立して特許を受けることができないものであるから、本件訂正は同法126条3項(平成6年法律第116号による改正前のもの)の規定に違背する。

4  審決を取り消すべき事由

審決の理由の要点(1)は認める。

同(2)の冒頭の事実及び同(2)アのうち、口金フランジと金属板が固定されていること、口金フランジと金属板がプレスされていることは認めるが、同(2)アのその余の事実及び同(2)イの事実は否認する。

同(3)のうち、訂正発明と引用発明とが、審決認定のとおり相違することは認め、その余は否認する。

同(4)アのうち、引用発明において、環状凸部の上端面と環状凹部の底面とを凹凸にしているのは、口金フランジの開口部に対する回り止めを目的とするためであることは認めるが、それを確実にするためであることは否認する。

同(4)イないしエ及び同(5)は争う。

審決は、引用発明の認定を誤り、かつ、訂正発明の技術的意義を誤認したことから、両者が、口金フランジと金属板との嵌合部の密封作用(シール性)について一致すると誤認するとともに、両者の相違点について判断を誤ったものであって、違法であるから、取り消されるべきである。

(1)  一致点の認定の誤り(取消事由1)

審決は、訂正発明と引用発明とが、口金フランジ部と金属板との嵌合部の密封作用(シール性)について一致するものと認定したが、誤りである。

ア 引用発明について

(ア)a 引用発明における口金フランジは、フランジ部の外側部を曲げられ、自由端の間隔を有する突起部又は高低部g’を備えていることからみて、別紙図面(3)図1に示すように、間隔をおいた突起部を有する円板状フランジ部の外側部を、曲げ絞り成形することにより形成されたものであることは自明である。

b そのため、鍔(カラー)の直立した部分については、フランジ部の外側にあった部分ほど曲げ中心からの距離の縮小は大であり、圧縮ひずみが大である。

しかし、カラーの高部部分(口金フランジの環状凸部の高部部分、以下「フランジ高部」という。)においては、円周方向の端部(半径方向の側面)が自由端であることから、円周方向の圧縮力を受けるのみであるため、フランジ高部の円周方向の長さは、上端部において最大であり、カラーの低部部分(口金フランジの環状凸部の低部部分、以下「フランジ低部」という。)の上端部に相当する高さ部分において最小であって、フランジ高部の半径方向側面は、上端部から下方に向かって高部側に傾斜している。

したがって、仮に、引用発明においてダイス下型(金型、ダイフェース)を備えていたとしても、プレスによって、フランジ高部の半径方向側面に金属板を嵌着させることは不可能であり、特に、半径方向側面とフランジ低部の上端面との間の、角部の隙間をなくすことは不可能である。

c 更に、引用発明の口金フランジのカラーの上端部においては、円筒絞り成形により円筒の上端部に生じる凹凸部に類似の不規則な凹凸が生じている。

したがって、金属板がフランジ高部の上端部に密着しても、金属板と、フランジ高部の上端面及びその端部との間には、上記凹凸による隙間がある。

d 以上によれば、引用発明の凹凸部の嵌合には、金属板とカラーとの間に、ほとんど全面にわたって隙間があり、シール性はまったくないことは明らかである。

(イ)a また、引用発明の口金部は、フランジ外側部にカラーg(高低部g’を備える。)を有する口金フランジの上部に、金属板を置き、一定の深さの平坦な底面(引用例の第6図及び第23図に、環状凹部54の底面の位置が直線状の破線で示されている。)を有する凹部54を備えたダイ部48aの作用面(ダイ部48aの下面及び凹部54の肩部)を、カラーの半径方向両側において金属板に噛み合わせ、金属板でカラーを覆い、金属板を、絞り成形してカラーの凸部g’の端部壁に組み合わせたものである。更に、上記口金部は、金属板に形成された円筒形開口部a’を、口金フランジのネックEの外側に工具55でサイジングし、かつ、口金フランジのネックEの上端部を、金属板の円筒形開口部の壁a’の上端部に、工具55’でビードしたものである。

b 引用発明の口金部における口金フランジの環状凸部と、金属板の環状凹部との凹凸部の嵌合部を形成するにあたって、引用発明のフランジ高部g’が、カラーを覆って絞り成形をするときのポンチの作用を奏していることは自明であり(引用例の第6図、第7図(別紙図面(2)第6図、第7図)参照)、また、上記のポンチの作用面は、フランジ高部の上端面及びその端部(肩部)である。

そして、上記の絞り成形においては、金属板は、フランジ高部の上端面の肩部によって拘束され、フランジ高部の円周方向両側面の上端部の両肩部と、ダイスの作用を有する凹部54の円周方向両側面の下端部の両肩部とによって、それらの両側面間に流入変形し、摩擦を生ぜず、絞り成形の完了後において、フランジ高部カラーの円周方向の両側面に接触せず、両側面と金属板との間に隙間が生じていることは明らかである。

絞り成形においては、ポンチとダイスとの隙間は、通常、成形される金属板の厚さの1.4ないし1.5倍位であり、しごきを行って製品の精度を出す場合には、1.1ないし1.2倍位である。

c また、引用発明におけるダイスの凹部54の底面は、引用例の第6図及び第23図(別紙図面(2)第6図及び第23図)に直線状の破線で示されているように、一定の深さの平坦な面であるから、フランジ高部のカラー端の半径方向の両側面には、対応したダイスの作用面がまったくない。したがって、フランジ高部の半径方向両側面と金属板との間の隙間は、前記の円周方向両側面と金属板との間の隙間より、更にいっそう大きいことは自明である。

すなわち、引用発明のカラーgを覆って金属板を絞る成形において、フランジのカラー凸部g’が一つであれば、金属板は別紙図面(3)図3のとおりとなるはずであり、フランジのカラー凸部g’の近傍に他のカラー凸部g’があれば、金属板は別紙図面(3)図2のとおりとなるはずである。

したがって、引用発明のフランジ低部においては、絞り成形により、その上端面、上端部の両側の端部及び円周方向両側面のいずれも、ポンチの作用を奏することができず、金属板と接触せず、金属板との間に大きな隙間を生じていることは明らかである。

d 更に、審決は、「環状凹部と環状凸部とを微小間隙を介して嵌合させた機構が密封作用を奏することは常識であり(例えば、昭和50年特許出願公開第108440号公報)」とするが、引用発明の嵌合部において、環状凹部と環状凸部との間に隙間があれば、密封作用を奏することができないことは自明である。

上記摘示の昭和50年特許出願公開第108440号公報は、環状凹部と環状凸部とを微小間隙を介して嵌合させた「ラビリンス」の機構を記載したものであるが、「ラビリンス」は、遠心力を利用して外部と遮断するという、高速回転軸に適するものであって、静止に係る口金フランジの環状凸部と金属板の環状凹部との隙間について、密封作用を奏するものではないことは常識である。

e 以上によれば、引用発明のフランジと金属板との嵌合部において、絞り成形により、金属板の表面とフランジのカラーの表面とが密着しているのは、フランジ高部の上端面、上端面の円周方向両端部及び半径方向両端部のみであり、フランジ高部の円周方向両側面及び半径方向両側面、フランジ低部の上端面及び円周方向両側面は、すべて金属板の表面に密着せず、金属板の表面との間に大きな隙間を有していることは明らかである。

f なお、引用発明において、口金フランジが金属板の開口部に固定されているのは、口金フランジのカラーの突起部と金属板との噛み合いと、金属板の円筒上端部に口金フランジの円筒上端部をビードすることによるものであるが、その際、金属板の円筒形開口部a’を、口金フランジのネックEの外側に圧接し、サイジングすることによって内容物の漏れを防止することは、金属板が、サイジング工具55の除去後、弾性復元力により弛緩し嵌着状態にないことから、不可能である。

(ウ) 以上のとおりであるから、引用発明におけるフランジと金属板との凹凸の嵌合部については、まったくシール性がないことが明らかであり、このことは、引用例中にシール性に関する記載がないことからも裏付けられる。引用発明の嵌合部の機能は口金フランジの回り止めである。

(エ) これに対し、引用例の第14図ないし第16図(別紙図面(2)第14図ないし第16図)においては、口金フランジのカラーと金属板とが全面にわたって密着した嵌合部が図示されているが、これらの図は、前記の事実からみて、嵌合部におけるカラーと金属板との間の隙間を省略して記載されたものであると解される。願書に添付される図面は原則として製図法に従って描くものとされている(特許法施行規則様式第30備考4)が、願書添付の図面において、はめあいの記号等が記入されないことは当業者の常識であり、隙間は記載されないものである。

イ 訂正発明について

(ア) 訂正明細書の「産業上の利用分野」の項においては、「本発明は日本工業規格鋼製ドラム(液体用)JISZ1601及び日本工業規格鋼製ドラム用口金JISZ1604に示されるような金属製容器の金属板の柱状開口部と口金フランジと該開口部と口金フランジとの間に充填されたシーリング材とよりなる金属製容器の口金部及びその口金フランジの改良に関するものである。」(訂正明細書2頁7行ないし14行)と記載され、訂正発明の口金部及び口金フランジを、上記のとおり定義している。

(イ) そして、日本工業規格鋼製ドラム(液体用)JISZ1601に示される口金は、「プラグ及びフランジは、JISZ1604に規定した口金を用いる。」(6.2.1)とされ、また、日本工業規格鋼製ドラム用口金JISZ1604に示される口金のフランジは、「フランジは、圧入形とする。」(2.2)とされている。

(ウ) また、訂正明細書の「従来の技術」の項においては、「本発明の対象となる口金部においては、(略)前記口金フランジを前記柱状形開口部に圧入嵌合して口金部が成形され」(訂正明細書13頁8行ないし15行)と記載されている。

(エ) 更に、訂正明細書の「課題を解決するための手段」の項においては、「本発明の口金部は第1図ないし第9図に示すように」(訂正明細書16頁12行ないし13行)と記載されており、願書添付の図面第1図ないし第9図(別紙図面(1)第1図ないし第9図)によると、訂正発明の口金部については、すべて圧入形口金フランジを金属板に圧入嵌合した口金部及びその部分図であることが明らかである。

(オ) 以上によれば、訂正発明の口金フランジと金属板との嵌合は圧入嵌合であり、当然にシール性を有するものである。

(カ) 上記のとおり、訂正発明における嵌合関係を圧入嵌合と解すべきことは、本件特許請求の範囲に、「該口金フランジの表面と該口金フランジの表面に対応した金属板の表面」と記載され、「対応」との文言が用いられていることからも明らかである。

「対応」は、学術用語であり、「合同な図形で重なり合う部分」を意味するものであって、二つの要素部の一方の表面が、他方の表面に合同な図形で重なり合う部分をなした嵌合は、該部分において圧入嵌合である。

ウ 以上によれば、引用発明の口金部における上記嵌合部は、訂正発明におけるようなシール性を有するものでないことは明らかであるから、訂正発明と引用発明とが密封作用を有する点において一致するとした審決の認定は誤りである。

(2)  相違点の判断の誤り(取消事由2)

ア 訂正発明の出願当時における公知の金属容器の口金部においては、口金フランジと金属板との間に、容器内容物に適応した不溶なシーリング材が充填されていたものである。

引用発明の口金部のシーリングについては、上記のようなシーリング材によって保持されていること、そのため、シーリング材を除けば、溶接以外の金属密着によって漏洩を防止することができないことは、当業者の常識である。

したがって、引用発明の口金部においては、シーリング材と容器内容物との間にシール性を強化する機構を設ける必要はまったくなく、引用発明における口金フランジの環状凸部と、金属板の環状凹部との嵌合部に密封作用を奏せしめることが不必要であり、かつ製造コストを増加せしめるだけであることも、当業者における常識であった。

更に、口金フランジと金属板の開口部を組み付ける機構において、容器内容物の進出経路側に、口金フランジの表面に形成した環状凸部と、金属板の表面に形成した環状凹部とが対応、嵌合する凹凸部を設けて、容器内容物がシーリング材に達することを妨げた例は、訂正発明以前には存在しなかった。

イ 訂正発明は、例えば、鋼製ドラムの巻締部においては、内部にシーリング材が充填されているが、その溶出量が、ほとんどすべての容器内容物に対して許容範囲内にあり、無害であること、また、巻締部内のシーリング材が、密着して巻き締められた金属板の略中心部に充填されていること等に着目してなされたものである。

すなわち、訂正発明の技術的思想は、単に、口金部に、従来公知のシーリング材に代えて巻締部用のシーリング材(通称シーリングコンパウンド)を充填したのみではシーリング材の容器内容物への溶出量が過大であるため、巻締部において巻き締められた金属板部分が有するシーリング材(シーリングコンパウンド)の溶出を防止する作用と同様の作用を行うための手段を、口金部及びその口金フランジにも設けること、及び、上記手段を設けることにより、様々な容器内容物に対する溶出量が許容範囲内にあり、無害であるような1種類のシーリング材、例えば、巻締部用シーリング材(シーリングコンパウンド)、あるいはそれと類似の性能を有するシーリング材を用いて、1種類の口金部をもって多種類の容器内容物に適用できるようにすることにある。

訂正発明の凹凸部は、訂正発明の上記の技術的思想に基づいて初めて想到することができたものである。

ウ 他方、引用発明においては、上記の技術的思想がまったくなく、引用発明の口金部における金属板と口金フランジとの嵌合部は、金属板に対する口金フランジの回り止めを目的して設けられたものであり、シール性をまったく有しないものである。

審決は、引用発明の嵌合部の環状凹部が、「プレス」によって形成され、同時に環状凸部に嵌着されたものであることから、上記嵌合部にはシール性があるとするが、金属板は粘性体でないから、これは明らかに事実に反するものであり、また、「プレス」が「絞り成形」の意であるとするならば、前記(1)ア(イ)のとおり、上記嵌合部はシール性を有しないものである。

エ 以上によれば、口金フランジの回り止めに過ぎない引用発明の嵌合部に対し、回り止め作用を放棄して、訂正発明のような密封作用を与えることは、当業者において、訂正発明の出願当時、想到することができなかったものであることは明らかである。

したがって、訂正発明における、引用発明との相違点に係る構成について、当業者が容易に想到し得たものとした審決の判断は誤りである。

第3  請求の原因に対する認否及び被告の反論

1  請求の原因1ないし3の各事実は認める。

同4は争う。

審決の認定、判断は正当であり、審決に原告主張の違法はない。

2  取消事由についての被告の反論

(1)  取消事由1について

ア 引用発明について

(ア) 引用例における第15図及び第16図(別紙図面(2)第15図及び第16図)には、引用発明の口金部の環状凸部と環状凹部とが、互いに密接して嵌合した状態が図示されている。そして、引用例中には、この環状凸部と環状凹部とが、間隙を有して嵌合しているものと解すべき特段の記載はない。

また、引用発明における環状凹部は、環状凸部を雄型として、雌型のダイスにより加圧され、第15図及び第16図に示される状態にプレス成形され、組み合わされたものであるが、一般論として、プレス成形により嵌合されたものの嵌合関係については、互いに弛緩した嵌合関係であるとみなすべき理由はなく、むしろ、堅く嵌まり合った嵌合関係であると解するのが常識に適うものというべきである(例えば、昭和57年特許出願公開第137031号公報、同年特許出願公開第165139号公報)。

したがって、引用発明については、凹凸部(g、g’)の係合部に間隙が残るものとは認められず、また、仮に、係合部の係合面の間に微小間隙が残るとしても、環状凹部と環状凸部とが互いに嵌合していることは事実であり、一般に、環状凸部と環状凹部との嵌合部における微小間隙(迷路)が密封作用を奏することは常識であるから、このことを参酌すると、引用発明の環状凹部と環状凸部の嵌合部は密封作用を奏するものである。

(イ) 更に、訂正発明は、環状凹部と環状凸部との嵌合関係について、単に、「対応し嵌合して形成された(略)一対の凹凸部」であることを要旨とするに止まり、凹凸部の嵌合が気密に密着した嵌合であることを要旨とするものではないから、訂正発明の上記嵌合関係が、密封効果の点において、引用発明における嵌合関係と特段の違いがある(その程度の大小はともかくとして)とはいえない。

この点からも、引用発明の環状凹部と環状凸部とが、間隙を介して緩やかに嵌まり合ったものであって、訂正発明と異なり、密封作用を奏するものではないとする原告の主張には理由がない。

(ウ) 他方、原告は、審決の引用した昭和50年特許出願公開第108440号公報について、それは、環状凹部と環状凸部とを微小間隙を介して嵌合させた「ラビリンス」の機構を記載したものであり、「ラビリンス」は、静止した口金フランジの環状凸部と金属板の環状凹部との間の隙間について密封作用を奏するものではないと主張する。

しかしながら、回転部間のシールであれ、静止部間のシールであれ、ラビリンスシールであることに変わりはなく、静止部間のラビリンス(迷路)がシール作用を奏することは周知のことである(例えば、昭和44年実用新案出願公告第23848号公報、昭和57年実用新案登録願第27574号の願書に添付の明細書及び図面の内容を撮影したマイクロフィルム、昭和58年実用新案登録願第165647号の願書に添付の明細書及び図面の内容を撮影したマイクロフィルム)。

因みに、容器の口金フランジの嵌合固定構造において、口金フランジの環状凸部と環状凹部とを嵌合させ、これにより密封効果を高めることも良く知られたことである(昭和39年実用新案出願公告第20891号公報)。

(エ) 更に、審決は、引用発明に上記凹凸部(g、g’)の係合部があるために、環状凸部と環状凹部との嵌合部の密封機能が幾分劣ることがあり得ることを認めた上で、相違点について判断している。したがって、審決は、引用発明における回り止めのための凹凸(g、g’)と、環状凹凸部の嵌合部の密封作用との関係を見逃したものでないことは明らかである。

(オ) 以上のとおりであるから、引用発明の口金フランジの環状凸部と、金属板の環状凹部との嵌着部については、審決認定のとおり密封作用を奏するものというべきである。

イ 訂正発明について

(ア) 訂正発明において、その「柱状開口部」と「口金フランジ」とが圧入嵌合であることを要旨とするものでないこと及びその理由については、審決に記載のとおりである(なお、仮に、訂正発明が圧入嵌合をその要旨とするものであり、その点が引用発明との構成上の差異であるとしても、その点に関しては、既に、審決において予備的に判断したとおりである(第2、3(4)ウ(ウ)))。

原告は、訂正発明について、訂正明細書における「産業上の利用分野」の項の記載によって口金部及び口金フランジが定義されている旨主張するが、上記記載は、明細書における「産業上の利用分野」を説明する記載であり、これによって、訂正発明の構成要件が特定されるものではなく、また、これが、本件特許請求の範囲の記載の意味内容を規定するものでもないから、原告の上記主張は当たらない。

(イ) 原告は、訂正発明が圧入嵌合の構成を要旨とすることの理由として、本件特許請求の範囲の記載中に、「対応」という学術用語が用いられており、「対応」とは、「合同な図形で重なり合う部分」を意味するものであることを主張するが、「対応」は、日本語として「相対する関係」、「釣り合う関係」等、種々の意味があり、必ずしも「合同な図形で重なり合う部分」のみを意味するものではない。

また、特許請求の範囲中における用語の意味内容については、「学術用語」としての意義をもって理解しなければならないものではなく、明細書の記載から一体的、合理的に理解されるべきものである。

更に、仮に、上記の「対応」が「合同な図形で重なり合う部分」を意味するものであるとしても、それは互いに嵌まり合う関係を意味するに過ぎず、締め代をもって圧入して嵌合させた関係、すなわち圧入嵌合を示すものであることにはならない。

ウ 以上のとおりであるから、訂正発明と引用発明のの凹凸嵌合部が、ともに密封作用を有する点において一致するとした審決の認定には、誤りはない。

(2)  取消事由2について

原告の主張は、審決が、引用発明の環状凹部と環状凸部との嵌合部における密封作用を看過したことを前提とするものであるが、審決が、上記密封作用を看過したものでないことは上記(1)のとおりであるから、原告の、訂正発明の進歩性に関する主張には理由がなく、その点に関する審決の判断にも誤りはない。

第4  証拠

証拠関係は、本件記録中の書証目録に記載のとおりであるから、これを引用する。

理由

第1  請求の原因1ないし3の各事実(特許庁における手続の経緯、訂正発明の要旨、審決の理由の要点)については当事者間に争いがない。

また、引用発明において、口金フランジと金属板が固定されていること、口金フランジと金属板がプレスされていること、訂正発明と引用発明が審決認定のとおり相違すること、引用発明における環状凸部の上端面と環状凹部の底面の凹凸は、口金フランジの開口部に対する回り止めを目的とするものであることについても、当事者間に争いがない。

第2  訂正発明の概要について

成立に争いのない甲第3号証(訂正明細書)によると、訂正発明の概要は以下のとおりであることが認められる。

1  訂正発明は、日本工業規格鋼製ドラム(液体用)JISz1601及び日本工業規格鋼製ドラム用口金JISz1604に示されるような金属製容器の金属板の柱状形開口部と、口金フランジと、該開口部と口金フランジとの間に充填されるシーリング材とからなる金属製容器の口金部及びその口金フランジの改良に関するものである(2頁7行ないし14行)。

2  上記の金属製容器の口金部の気密性、すなわち、容器の内容物に対する容器金属板と口金フランジとの間の気密性は、主としてシーリング材によって保持されている。

したがって、従来公知の通常の口金部においては、容器に充填される内容物に対応して難溶な種々のシーリング材が用いられ、また、内容物によっては、その内容物が、平坦な面で圧着された容器金属板と口金フランジのフランジ部との両表面の間から進出し、それにより、シーリング材が溶出して、容器の内容物を汚染するため、内容物に難溶である高価な材料、例えばアスベストのシーリング材が用いられてきた。

しかしながら、上記のように、内容物によって異なるシーリング材を使用する場合には、内容物及び製造される口金部に応じて、シーリング材の使い分け、口金部の造り分けの煩雑さと、それに伴うコスト増を避けられないという欠点があった。

また、難溶性のシーリング材、例えばアスベストのシーリング材は、高価であり、かつ、気密性に劣るため、内容物の揮発流失損失をもたらすという欠点もあった(2頁16行ないし4頁7行)。

ところが、従来の金属製容器の口金部及びその口金フランジに関する技術においては、シーリング材の容器内容物への溶出を防止するための技術的思想、課題及びその手段を明示したものはなかった(14頁6行ないし13行)。

3  訂正発明の課題は、従来公知の、金属製容器の金属板の柱状形開口部と、開口部に嵌合した口金フランジと、開口部と口金フランジとの間に充填されたシーリング材とからなる金属製容器の口金部及びその口金フランジにおいて、口金部内のシーリング材が容器内容物に溶出すること、したがって、上記金属製容器においては、種々の多くの容器内容物に対応して、内容物に難溶な、種々の多くのあるいは高価なシーリング材を充填した口金部の製造が必要であること等の欠点を改良し、多くの種々の内容物に対し、一種のシーリング材を充填した一種の口金部を適用することができ、製造におけるコストを減じることができる口金部及び口金フランジを開発することにある。

訂正発明は、例えば、鋼製ドラムの巻締部においては、内部にシーリング材が充填されているが、そのシーリング材の溶出量は、ほどんどすべての容器内容物に対し、許容範囲内にあって無害であること、また、上記巻締部内のシーリング材は、密着して巻き締められた金属板の略中心部に充填されていること等に着目したものである。

そして、訂正発明の技術的思想は、口金部に対し、従来公知のシーリング材に代えて、単に巻締部用のシーリング材(通称シーリングコンパウンド)を充填したのみでは、シーリング材の容器内容物への溶出量が過大となり、許容範囲を越える場合があることから、上記のとおり、巻締部で巻き締められた金属板がシーリング材の溶出を防止するという作用に相当する作用を行うための手段を、口金部及びその口金フランジに設けること、かつ、該手段によって、多くの種々の容器内容物に対するシーリング材の溶出量が許容範囲内にあって無害であるようなもの、例えば巻締部用シーリング材あるいはそれと類似の性能を有ずるシーリング材を、口金部に充填するということにある(14頁15行ないし16頁8行)。

訂正発明の金属製容器の口金部は、このような技術的思想によって前記の課題を解決することを目的として、要旨記載の構成を採用したものである(16頁8行ないし17頁10行)。

4  訂正発明に係る口金部においては、口金フランジ部と金属板との間の容器内容物の進出経路に対し、環状凸部と環状凹部との対応、嵌合により形成された少なくとも一対の凹凸部を、シーリング材の位置より容器内容物側に含むものであるため、それにより、容器内容物が、口金部内に充填された上記シーリング材にまで進入到達することが妨げられ、シーリング材の容器内容物への溶出を許容範囲内に防止することができるとともに、容器口金部の気密性と強度を高めることができる。

したがって、訂正発明に係る口金部は、従来公知の口金部及び口金フランジが有する欠点、すなわち、容器内容物に従って異なる種々のシーリング材を用いるための口金部の使い分け、製造仕分けの必要、ストック増、製造コスト増等の欠点を解消し、種々の容器内容物に対し、一種のシーリング材を充填した口金部の容器によって対応することができ、かつ、容器の製造コストを低減し、口金部の気密性と強度を高めるとともに、容器内容物に対し難溶であるが高値で機密性の劣るアスベスト等のシーリング材(ガスケット)を用いた口金部に比べて、低価格でシーリング材の容器内容物への溶出を防止し、かつ、内容物の揮発損失を防止することができるという作用効果を奏する。

更に、従来、口金部に充填されてきたシーリング材が一定の形状に成形されたガスケットであり、かつ、種々の容器内容物に対応して種々の材質が必要であったのに対し、訂正発明の口金部及び口金フランジにおいては、シーリング材として巻締用シーリングコンパウンドを適用することができる。そして、巻締用シーリングコンパウンドは、液状で、口金フランジに適用して乾燥させることができ、従来のシーリング材よりコストが低いことから、それを、訂正発明の口金部及び口金フランジにシーリング材として充填あるいは装填するならば、ほとんどすべての容器内容物に対し適用が可能な口金部及び口金フランジを、従来公知のものに比し、低コストで製造することができ、口金部を有する金属製容器の製造コストを著しく節減することができるという作用効果も奏する(32頁12行ないし34頁17行)。

第3  審決取消事由について

そこで、原告主張の審決取消事由について判断する。

1  取消事由1(一致点の認定の誤り)について

(1)  引用発明におけるシール性について

ア まず、引用発明の技術内容についてみるに、成立に争いのない甲第6号証(引用例)によると、引用例には、次のとおり記載及び図示されていることが認められる。

(ア) 「口金フランジは、後に説明するように、eにおいて内側にねじ切りされ、fのとおり半径方向外側に曲げられ又はカールされた、ねじ切りのない比較的薄い壁Fで終わるネックEを含んでいる(第6、第7、第12、第15及び第16図)。ネックEは、他端において外側に伸びるフランジGを備える。フランジGの外側部は、内側に、すなわちカラーgを形成すべく壁Fの方に曲げられている。カラーgの自由な端部は、後に説明するように、ブランク金属と組み合う間隔をおいた突起部又は高低部g’を備えている(第14図)。」(3頁71行ないし84行)

(イ) 「ダイ部分48aの作用面は、凹部54を有して形成されている。凹部54は、シャンク43及びスカート50の軸と同中心であり、横断面において実質的に孤形(アーク)に形成されている。それによって、ダイ部分の作用面は、カラーgの両側において金属に噛み合う。したがって、凹部54の両側の作用面は、ブランクをブロック34及びフランジGとの噛み合いに強制するにあたって、ブランクを、カラーgの直立した高部及び低部g’を覆って絞る。その結果、第14図に示されるように、ブランク金属が、高部g’の端部壁に組み合わされる。したがって、スライド6の運転において、ブランク金属Aは、(略)カラーgを覆って形成され又は絞られる。」(3頁123行ないし141行)

(ウ) 「スライド6のこの下方移動において、ダイ部分48aの内側の孤形に形成された端部55は、ポンチ42の作動から生じる開口部の周りのブランク金属を、口金フランジのネックEの形状と寸法的に正確に一致する環状壁a’として形成するように、最初に環状部分41と、次にリング47と共同作動し、最後に口金フランジのネックEと共同作動する。(略)成形端部55の作用は、金属を口金フランジのネックEに対し固く圧縮するような作用であり、それによって、ネックEに壁a’をサイジングするのと同じく、漏洩あるいは緩みの危険を最小にしている。55’は、スカート50の底部端に設けられたカーリング又はビーディング工具を示す。工具55’は、口金フランジの薄く終わっている壁Fに噛み合うように調整されており、スライドの下方移動において、fで示されるように、壁a’の自由端を覆って、壁Fをカールあるいはビードする。」(3頁142行ないし4頁11行)

(エ) 「先の記載から、ビードfは、口金フランジを、ブランクの壁との堅固なあるいは固定された噛み合い状態に保持すること、また、高低部g’と組み合っている金属の壁は、ブランク壁に対する口金フランジの回転を防止する働きをすることが分かるであろう。高低部g’は、その自由端における直角な壁によって限定されており、壁の金属Aは、直角な壁により形成された端部を覆って絞られている(第14図参照)から、環状の壁a’を覆う壁Fを、固く打ち付け又はビードすることによって、口金フランジは、不変にブランクAに取り付けられていることが分かる。」(4頁71行ないし83行)

(オ) 第13図の15-15線断面図である第15図には、ブランク金属が、カラーg’の低部(フランジ低部)の半径方向両側面と上端面とを覆って設けられている状態が図示され、また、第13図の16-16線断面図である第16図には、ブランク金属が、カラーg’の高部(フランジ高部)の半径方向両側面と上端面とを覆って設けられている状態が図示されている。

更に、第14図には、ブランク金属が、カラーg’の、円周方向に沿って形成された高、低部の上端面、側面を覆っている状態が図示されている。

以上によれば、引用発明においては、ダイ部分48aの凹部54の作用面により、ブランク金属を、ブロック34及びフランジGと噛み合わせることにより、別紙図面(2)第14ないし第16図に示されるように、カラーの高部(フランジ高部)と低部(フランジ低部)とが金属板に覆われ、嵌合した状態が形成されるものと認められる。

そして、上記記載及び図面の表示からみるならば、上記嵌合部については、口金フランジと金属板とが隙間なく密着しているものというべきであり、また、このような嵌合状態にある環状凸部と環状凹部とがシール性を有することは、成立に争いのない乙第3号証(昭和44年実用新案出願公告第23848号公報)及び第4号証(昭和55年実用新案登録願第103307号の願書に添付の明細書及び図面の内容を撮影したマイクロフィルムの写)の記載に照らしても明らかであるから、上記嵌合部は、密封作用(シール性)を有するものと認めるのが相当である。

イ(ア) これに対し、原告は、引用発明における口金フランジの環状凸部が、円板状フランジ部の外側部を曲げ絞り成形ないしは円筒絞り成形することにより形成されるものであるから、フランジ高部の側面及び上端部にひずみが生じ、口金フランジと金属板との嵌合部に「請求の原因」4(1)ア(ア)b、cのとおりの隙間が生じるため、上記嵌合部にはシール性がないと主張する。

しかしながら、前出甲第6号証によると、引用例においては、口金フランジのフランジGについて、前記ア(ア)のとおり記載されている一方、その成形方法については、格別の記載がないこともまた認められるところである。

そうすると、原告主張のように、引用発明における口金フランジが、すべて曲げ絞り加工ないしは円筒絞り加工により成形されるものと限定的に解釈することはできないというべきであるから、引用発明について、上記加工方法によるひずみを前提とする原告の主張は、その点において失当といわざるをえない。

(イ) 次に、原告は、引用発明における嵌合部にシール性がないものとする理由として、上記嵌合部が絞り成形により形成される際、金属板は、ポンチの作用を有するフランジ高部の上端面の肩部により拘束され、フランジ高部の円周方向両側面と、ダイスの凹部54の円周方向両側面との間に流入変形するが、ポンチとダイスとの隙間は、成形される金属板よりも大きい(通常、板厚の1.4ないし1.5倍位、しごきにより精度を出す場合には板厚の1.1ないし1.2倍位)ため、金属板は、絞り成形の完了後においてフランジ高部カラーの円周方向両側面に接触せず、両側面と金属板との間には隙間が生じることになると主張する。

そして、成立に争いのない甲第7号証(社団法人日本機械学会編「機械工学便覧」改訂第5版、同学会昭和43年1月15日発行、17-54頁ないし17-55頁)によると、ポンチとダイスとの隙間は、原告主張のとおり、通常、板厚の1.4ないし1.5倍程度とされ、しごきを行って製品の精度を出す場合には、板厚の1.1ないし1.2倍程度とされているものであることが窺われ、また、成立に争いのない甲第8号証(「塑性と加工」21巻237号、社団法人日本塑性加工学会昭和55年10月20日発行、852頁)によると、同号証には、「プレス成形時の摩擦面」についての図(「図1」)として、ポンチとダイスとが噛み合わせ時に隙間を有し、プレス成形時に、成形される材料がポンチとダイスの各側面に接触しない状態が表示されていることが認められる。

しかしながら、前出甲第6号証によると、引用発明においては、口金フランジのカラー部分の凸部とダイスの凹部との隙間の程度及びその隙間と金属板の板厚との関係について、何ら限定しているものでないこともまた認められ、更に、甲第7、第8号証の上記記載内容についても、それらは、絞り加工後に金属板を製品として取り出すため、金属板をカラーから分離する必要がある加工についてのものであることが、その記載自体から窺われるところであり、金属板をカラーから分離する必要のない引用発明とは、その点において異なるものというべきである。

そして、他に、ポンチとダイスとによる金属加工ついて、およそシール性が認められないとする証拠も存在しない。

そうすると、引用発明において、口金フランジのカラーの凸部とダイスの凹部との隙間、金属板の板厚、その他の加工条件が適宜選定されるならば、絞り成形完了後における金属板の弾性復元力を考慮しても、別紙図面(2)第15図、第16図に示されるようなカラーと金属板との嵌合した状態が形成されないと断定すべき理由はない。

したがって、原告の上記主張も理由がないものというべきである。

(ウ) また、原告は、引用発明の嵌合部にシール性がないとする理由として、引用発明におけるダイスの凹部54の底面は、別紙図面(2)第6図及び第23図に直線状の破線で示されているように、一定の深さの平坦な面であるから、フランジ高部のカラー端の半径方向両側面には、対応したダイスの作用面がまったくなく、フランジ高部の半径方向両側面と金属板との間には更に大きい隙間ができることになると主張する。

しかしながら、前出甲第6号証によると、引用例においては、ダイ48aの凹部54の底面の形状及び上記破線の意義について特に明記されていないことが認められ、また、成立に争いのない甲第9号証(「塑性と加工」24巻275号、社団法人日本塑性加工学会昭和58年12月20日発行、1290頁及び1291頁)の記載にもあるように、薄板を所望の形状にプレス加工するにあたっては、ポンチ頭部の形状に対応させて形成したダイスのフェースの金型(上型・下型)を用いることが当業者の技術常識であることは明らかであり、このことは、その技術の性質上、引用発明の出願当時(前出甲第6号証によると、その出願は1931年(昭和6年)であったことが認められる。)においても同様であったものというべきである。

そうすると、引用発明においても、それがプレス加工により金属板を口金フランジに嵌合させる技術である以上、そのダイ48aの凹部54の底面形状については、当然、ポンチの作用を行う口金フランジのカラーの高部及び低部の形状に対応するものとされ、上記底面は、別紙図面(2)第14図ないし第16図に示されたとおりの環状凸部と環状凹部との嵌合関係を得ることが可能な形状を有するものと認めるのが相当であり、あえて、別紙図面(2)第6図及び第23図に示された破線を、ダイ48aの凹部54の底面全体の深さを示すものと解し、上記底面が一定の深さを有する平坦な平面であると解さなければならない理由はない。

なお、引用例には、前記ア(イ)のとおり、「その結果、第14図に示されるように、ブランク金属が、高部g’の端部壁に組み合わされる。」との記載があるが、その「高部g’の端部壁」を特に「高部g’の端部壁の肩部」の意に限定して解すべき理由がないことも当然である。

したがって、引用発明の口金フランジと金属板とは、別紙図面(2)第14図ないし第16図に示された形状のとおり嵌合しているものと認めるのが相当である。

(エ) 更に、原告は、審決が、微小間隙を介して環状凹部と環状凸部とを嵌合させた機構に密封作用が認められるとしたことは誤りであり、審決が技術常識を示すものとして提示した昭和50年特許出願公開第108440号公報は、遠心力を利用して外部と遮断する「ラビリンス」についてのものであって、引用発明のような、静止した嵌合部の密封作用を示すものではないと主張する。

確かに、成立に争いのない甲第11号証(昭和50年特許出願公開第108440号公報)によると、同公報には、回転機の軸受部について、ラビリンスによりグリースの漏洩を防止する構造が示されていることが認められ、また、成立に争いのない甲第12号証(社団法人日本機械学会編「機械工学便覧」改訂第5版、同学会昭和43年1月15日発行、7-99頁)によると、密封装置としてのラビリンスは高速回転軸の密封に用いられるものであることが認められる。

しかしながら、審決は、上記甲第11号証に記載の発明における環状凹部と環状凸部との関係のみから、引用発明における口金フランジの環状凸部と金属板の環状凹部とが密封作用を奏すると判断しているものではなく、更に甲第11号証記載の発明の環状凹部と環状凸部との嵌合関係を密接嵌合とするときは、金属接触によるいっそう確実な密封作用を奏する(このことは、前出乙第3号証及び第4号証の記載からも明らかである。)ものと認定し、それにより、引用発明の口金フランジと金属板との嵌合部が密封作用を奏するとしているのであるから、原告の上記主張は、引用発明における嵌合部の密封作用を否定する理由となるものではない。

(オ) 他方、前出甲第3号証の記載によると、引用例には、原告主張のとおり、引用発明における口金フランジと金属板との上記嵌合部について、シール性を有することを特に明記する部分は見当たらないところであるが、引用発明に関する前記アの記載内容及び図面からみるならば、その点も、上記のとおり引用発明における嵌合部のシール性を認定するにあたって、格別の障害となるものではない。

(カ) なお、原告は、引用発明の金属板の円筒形開口部a’を、口金フランジのネック(円筒部)Eの外側に圧接し、サイジングすることにより内容物の漏れを防止することは不可能であるとして、その点においても、引用発明の円筒形開口部と口金フランジとの嵌合関係が、訂正発明のそれと一致しないと主張するかのようであるが、本件特許請求の範囲の記載においては、金属板による柱状形開口部の柱状部分と口金フランジとの嵌合関係が、特に具体的に限定されていないのみならず、前記ア(ウ)からみるならば、引用発明における円筒部Eと金属板の円筒形開口部a’は、サイジングにより、内容物の漏れ、緩みを防ぐ程度に、互いに押圧する関係をもって当接しているものと認めることが可能であるから、訂正発明と引用発明とは、上記の構成の点においても一致するものというべきである。

(キ) 以上のとおりであるから、引用発明の嵌合部についてシール性が認められないとする原告の主張は、いずれも失当というべきである。

(2)  訂正発明における口金部の嵌合について

ア 更に、原告は、訂正発明の口金部の嵌合が「圧入嵌合」により形成されているものであるとし、その点において、訂正発明の嵌合部は、引用発明とは異なるものである旨を主張する。

しかしながら、訂正発明については、その特許請求の範囲の記載自体からみて、口金フランジと金属板との嵌合部が、環状凸部を環状凹部に「圧入」することにより形成されるものに限定されると解することは到底できないものというべきである。

イ(ア) この点について、原告は、訂正明細書の「発明の詳細な説明」欄等において、請求の原因(1)イ(ア)ないし(エ)のとおり記載されていることから、訂正発明の口金部及び口金フランジは、訂正明細書において上記請求の原因(1)イ(ア)に記載のとおり定義されたものであり、それによると、訂正発明における嵌合は「圧入嵌合」と解すべきであるとも主張する。

しかしながら、本件特許請求の範囲に記載された「口金フランジ」及び「口金部」については、その技術的意義について何らの限定もなされておらず、また、上記請求の範囲の記載自体から、その技術的意義を一義的に理解できないというものでもないから、訂正発明における「口金フランジ」及び「口金部」の意義を認定するにあたっては、訂正明細書の「発明の詳細な説明」欄の記載を参酌すべき余地はないものというべきである。

(イ) また、原告は、本件特許請求の範囲において、「該口金フランジの表面と該口金フランジの表面に対応した金属板の表面」と記載されており、そこにおける「対応」とは、学術用語として「合同な図形の重なり合う部分」を意味するから、上記記載は、圧入嵌合の構成を示すものであるとも主張するが、「対応」が、上記のような学術(数学)の分野における図形の合同の意味に限られるものでないことは、成立に争いのない甲第18号証(三省堂編修所編「広辞林」第5版、株式会社三省堂昭和48年4月10日発行、1192頁)及び甲第25号証(上田万年外編「大字典」、株式会社講談社昭和45年12月1日発行、639頁)の記載からも明らかであり〈甲25は終結後提出〉、このことは、訂正明細書において、訂正発明の一実施例として示された別紙図面(1)第8図における嵌合関係の表示からも十分に窺えるところである。

ウ したがって、訂正発明について、口金部の嵌合が「圧入嵌合」により形成されているものとする原告の主張もまた失当であることは明らかである。

(3)  以上によれば、引用発明における口金フランジと金属板との嵌合部は密封作用(シール性)を欠くものではなく、引用発明と訂正発明とは、その嵌合部において密封作用(シール性)を有する点において一致するものであることが明らかであるから、その点に関する審決の認定には誤りはないものというべきである。

2  取消事由2(相違点の判断の誤り)について

(1)  引用発明が、金属板の表面に突出して形成された円筒状開口部と口金フランジとの間に、シーリング材を充填したものであること及び引用発明の口金部における環状凸部と環状凹部による嵌合部が、回り止めの目的と作用を有するものであることについては、前記第1のとおり当事者間に争いがない。

また、引用発明における上記嵌合部が、回り止めのみならず、容器内容物に対するシール性の保持をもその作用として含むものであることは、前記1のとおりであり、なお、引用発明の構成からみるならば、嵌合部におけるシール性の保持をもその目的とするものであることは明らかであるから、引用発明は、その点において、訂正発明と技術的課題を共通にするものというべきである。

そして、引用発明において、容器内容物に対するシール性の保持ということだけを達成させるのであれば、環状凸部の上端面と環状凹部の底面に凹凸を形成する、すなわち、環状凸部と環状凹部との嵌合部の円周方向に高低差を設けるまでの必要性がなく、環状凸部と環状凹部とが対応し嵌合する構成で足りることは明らかである。

そうすると、訂正発明の容器内容物に対するシール性の保持という技術的課題を解決するために、引用発明における環状凸部と環状凹部との円周方向の高低差をなくし、訂正発明の相違点に係る構成とすることは、当業者が容易に想到することができたものといわざるを得ない。

(2)  なお、原告は、訂正発明が、シーリングコンパウンド又はそれと類似の性質を有するシーリング材の使用を目的とすることをも、訂正発明が進歩性を有することの理由として主張するが、訂正発明が、「シーリング材」を上記のものに限定することをその内容とするものでないことは、特許請求の範囲の記載自体から明らかであるから、上記主張も失当である。

(3)  したがって、審決における、訂正発明と引用発明との相違点についての判断にも誤りはないものというべきである。

3  以上によれば、訂正発明は、引用発明に基づいて容易に発明することができたものというべきであるから、特許法29条2項により特許を受けることができないとした審決の認定判断は、正当であって、審決には原告主張の違法はないものというべきである。

第4  よって、審決の取消しを求める原告の本訴請求は理由がないものというべきであるから、これを棄却することとし、訴訟費用の負担について行政事件訴訟法7条、民事訴訟法61条を適用して、主文のとおり判決する。

口頭弁論終結の日 平成10年2月3日

(裁判長裁判官 竹田稔 裁判官 持本健司 裁判官 山田知司)

別紙図面(1)

〈省略〉

〈省略〉

図面の簡単な説明

第1図は本発明の口金部及び口金部を構成した口金フランジの一例、第2図ないし第8図は本発明の口金部及び口金フランジにおける凹凸部の例、第9図は本発明の口金部及び口金部を構成した口金フランジの他の例、第10図は本発明の口金部及び口金フランジにおける凸部の一例とその成形法の一例を示す断面説明図である。

1:容器の金属板、2:金属板1の開口部、3:開口部2の周辺部、4:口金フランジ、5:口金フランジ4の本体、6:口金フランジ! フランジ部、7:金属板1の表面に形成された連続な環状の凸部、8:口金フランジ4の表面に形成された連続な環状の凹部、9:口金フランジ4の表面に形成された連続な環状の凸部、10:金属板1の表面に形成された連続な環状の凹部、11:シーリング材、11’:シーリング材、12:口金フランジ4のねじ部、13:開口部2の先端部、14:フランジ部6の多角形状端部、15:容器内容物の進出隙間、16及び17:凸部の成形例における凸部と反対側の表面の凹部。

別紙図面(2)

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図面の簡単な説明

第1図は引用発明を具体化し、開示されたプロセスを遂行できる装置の正面図であり、部品は断面である。

第6図は、上ダイ部と下ダイ部(ダイメンバー)の間のブランクと、ブランクに取り付けたるめの二つの口金フランジをのせている下ダイ部とを有して、第4図の6-6線に相当し、分離した関係で上ダイ部と下ダイ部とを図示している拡大した断面図である。

第7図は、第6図と類似の図で、作動位置に動かされ、ブランクの形成を完了し、その上に二つの口金フランジを取り付けているダイ部を示している。

第8図は、ビード或いはリムを固定するための補足運転を示す断片的断面図であり、この断面は部分的に第1図の2-2線及び8-8線上のものである。

第9図は第10図の9-9線上の断片的断面図であり、ダイ部が一つのものを他に相対的に分離する時のダイエレメントの位置を示している。

第10図は、第9図の10-10線上の断面図。

第13図は、第12図の13-13線上の断片的拡大平面図。

第14図は、第13図の14-14線上の断片的断面図。

第15図及び第16図はそれぞれ第13図の15-15線及び16-16線上の断面図である。

第17図は、第6図から第16図までにされたものとは異なる構造の口金フランジを取り付けて示された薄板金属の断片的平面図である

第18図は、第17図の18-18線上の断面図である。

第19図及び第20図は、それぞれ第17図及び第18図に類似の図であるが、口金フランジの他の形を示している。

第21図及び第22図は、それぞれ第17図及び第18図に類似の図であるが、口金フランジの更に他の形を示している。

第23図は第6図の部分に類似の断片的断面図であるが、構造の修正した形を示している。

別紙図面(3)

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